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会長サロン(2017年 4月)<前月 | 次月>

「桜花」

三島桜と枝垂桜

先月書きそびれた桜のことを書こうかと思う。何年か前のこのコラムで桜をテーマにして書いているが、薄れてきた記憶のため、バックナンバーを読み返さなければ桜の何について書いたのか、思い出せない。もっともそれは、最近の政治家先生の「記憶になかったため、虚偽ではありません」という常套文句を聴きすぎてしまったのかもしれない。中には「記憶をつかさどる脳の奥にある海馬の具合がよくなく、記憶にございません」と言った元知事さんの弁には、思わず笑ってしまったものである。海馬というメカニズムをご存じなら、頭脳明晰だと誰もが思うこと。なのに「記憶にございません」で済ましてしまう。
「記憶にございません」という言葉は、非常に便利な言葉である。「忘れてしまったのだから仕方がない。」「本当に忘れたのだから虚偽を言っているのではない。」「記憶が無いのだから責任の取りようが無い。」「よく覚えていない。」人の頭の中が覘けるわけでもないから、会話はそこで止まってしまう。しかし、言われた方は、「本当に記憶にないのか?」という疑問の記憶が長く残ってしまう。人は、地位が上がると突然認知症になってしまうのであろうか。この「記憶にない」は、いつから言われ始めたのか。40年以上前のロッキード事件の国会の証人喚問で、事件に関与したとされる大物実業家が、その答弁のなかで繰り返し言っていたことを想い出す。しかし、それ以前から、この言葉は繰り返されている。

「必ず、後から行くから心配するな。」「志願する者は一歩前に、強制ではない」上官から言われたものの、それは殆ど強制に近いものであった。太平洋戦争末期、多くの若者が特攻で還らぬ人となった。

乗員1名、離陸のための装置なし、脱出装置なし、最高速度時速650km、搭載爆弾1200kg、ロケットエンジンの稼働時間は9秒。BAKA Bomb=バカな爆弾とアメリカ軍から呼ばれる。名前は“桜花“。旧日本海軍が開発した人間爆弾である。輸送機の胴体に吊るされ、高度から切り離され敵艦に体当たりする飛行機ならぬロケット擬きである。その多くは、敵艦に体当たりするどころか、吊り下げて重量が増し、速度の鈍くなった輸送機もろとも撃墜されている。戦後、彼等を送った上官たちは、少数の将校を除いて、後を追うこともなく戦犯に問われることもなく「彼らは喜び勇んで志願して行ったが、終戦の混乱で、はっきり記憶にない」と言い切っている。

1945年4月、沖縄をめぐる攻防戦で、桜花を含め多くの若者が特攻というばかげた戦法で散って逝った。今、街には真新しいスーツに身を包んだ新入社員や新入学生たちが、希望に燃えた顔で歩いている。その同じ年代の若者が、無駄死をしていったという事実。
そういう尊い犠牲の上に、こんにちの平和があるという事実。国を守り、国を愛することは、世界中の何処の国民でも持っていること。しかも、それは平和を希求するために愛することであり、愛する家族や仲間を守るために平和を維持しなければならない。私も戦争の惨禍は経験の無い世代ではあるが、多くの書物や証言から学ぶことができる。そのことを記憶しなければならない。惨禍の上に、築かれた平和ということを努々忘れてはならないと思う。旧日本海軍の徽章は桜と錨があしらわれている。錨は、もちろん艦艇を表しているが、桜は、この国の伝統文化を表しており、日本古来の伝統文化を守ることを桜に例えていると言われている。桜花は、その同じ海軍の産物であった。防人としての海軍本来の役割を忘れてしまっていたのであろう。

日本の桜の持つ美しさ、散り際の切なさ。桜は愛でるものであり、間違っても“桜花”を用いるようなことになってはならない。

平成29年4月1日
静岡県行政書士会
会長 岸本敏和

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