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会長サロン(2017年 5月)<前月 | 次月>

「行蔵」

会長 岸本敏和

“柏餅アリマス”と半紙に書いてある。こんなところに和菓子屋がある。しかも、レトロな書き方である。夜のネオン街の昼間のことである。夜の帷が降りた時間帯とは、景色が違う。石畳の路地を歩いていく。戦後間もない頃から続く飲み屋がある。店の二階の軒先に洗濯物が吊るしてある。木枠に薄く波打つガラス窓の店もある。赤や白のタイルを張り付けた昔ながらのスナックがある。昼間見ると昭和の街にタイムスリップしたような感を覚える。さながら白昼夢をみているかのようである。

表向きは綺麗に化粧された店構えだが、視線を隣家の間にやれば、古びたトタン張りの横顔が眼に映る。空が狭い。電柱から延びた電線が余計に空を狭くしている。雨がぽつぽつ降ってきた。前垂れを掛けた酒屋のお兄さんが小走りに軒先に入っていく。洗濯物を取入れようと二階の窓を開けた女性と目が合う。煙草を口にくわえている。白昼夢はどんどん拡散してゆく。まるで昭和を描く映画のロケ地に使われそうな路地である。写真を撮るならモノクロがいいと思う。

この路地で、どれだけの酔客の喧嘩があったのだろう。どれだけの恋人たちが歩いたのだろう。どれだけ接待の宴があったのだろう。どれだけの悲しみと切なさがあったのだろう。どれだけの出会いと別離があったのだろう。どれだけの笑顔と笑い声があったのだろう。雨は、雨音を立てはじめ、石畳を濡らしてゆく。この街で飲んで騒いだ人たちの顔が浮かんでくる。先輩・後輩・顧客・友人・仲間達。おおかたの場合、店は決まっている。

小路と小路がT字で重なった角にある店である。この店も古い。表向きは小奇麗にしてあるが、屋根は瓦葺で二階はトタン張りである。酔客は、そんなところは見ないから、表向きで騙されてしまう。別にそこの経営者が悪いわけではない。水商売とはそういうものかもしれないし、客もまた判っているものである。店も古いが、ママも熟年の域にある。若い頃は、この仕事には珍しく清楚な美人であった。

今宵は、北海道から来た友人とふたり飲んでいる。彼はこの店は二回目だという。熟年ママは、前回に来たことを覚えていた。二人とも熟年であることから、「俺たちに明日はない」あるのは今だと40年も前に流行った映画“ボニー&クライド”の話に夢中になっている。ボニーを演じたのは大女優フェイダナウェイである。酒がまわってきたのか眼差しが熟年ママと似ているように思えた。外の雨音が激しくなっている。夜も更けてきた酔客もひとりふたりと帰っていく。

ぽつりと彼が聞く「これからどうする?」ついに来たか。その手の話がいつになったら出てくるのかとずっと思っていた。「辞めるよ。今期で退任する予定。」と答える。
6年前会長に就任したときから、決めていたことだ。途中、体調を崩したときも進退を考えたが、何とか乗り切ろうとやってきた。行蔵は我にありである。行く=進むも、蔵=退くも私である。特に退くことは私自信が決めることである。

この6年間常に考えてきたことは、自分が退任しても会の仕事が回っていくことである。それもただ動いていくのではなく、明確なビジョンを持ち、行政書士制度拡充のために寝食を忘れて会を牽引していく人材の育成の必要性である。人財バンクという制度を創り、若い会員の登用もそのひとつであった。多くの有用な人材が育ってきたと素直に思う。今月下旬の定時総会までどなたが後継者になるのかはわからないが、どなたがなっても大丈夫と言える人材が育ってきている。

ふたつ目は、行政書士会の会務に対する私自身の執着を断ち切ることである。自分がいなくても会務は回っていく。組織とはそういうものだし、そうあるべきである。「行蔵は我にあり、毀誉は他人の主張」私の座右の銘である。

進んでいくのも、自分なら、退くことも自分である。すべて自分自身が決めたことである。その間、人の批判や評価に惑わされずに、焦らずに、腐らずに諸々の課題に挑戦してきたつもりである。あとは如何に自分を消し去っていくかである。“老兵は死なず、ただ消え去るのみ”などと気障なことは言うまい。しかも、自分はまだ老兵ではないという空元気もある。しかしながら、執着を断ち切り消え去っていくことを楽しんでやろうと思う。
6年間の会長サロンの毎月の原稿締切りも、今となっては楽しい思い出になった。

最後に、多くの方から様々なご意見や励ましを頂戴したことに感謝を申し上げ、この会長サロンを閉店とさせていただくことにする。

「これからどうする?って、そんなこと聞いたんじゃないよ。次の店どこにいくの?」

平成29年5月1日
静岡県行政書士会
会長 岸本敏和

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