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名誉会長サロン(8月のコラム)<前月 | 次月>

「心経」

黄色く枯れてきている胡瓜の葉夏は大好きな季節であったが、今年は違う。暑すぎるのである。家の中にいても大汗をかく。夕方になり陽が落ちても、一向に涼しくはならない。休みの日の夕方など庭先に打ち水などしてみるが、地面が熱すぎるため余計に蒸し返しがくる。家では、なるべくエアコンなど使わぬようしてきたが、今年は無理である。エアコンがないと生死にかかわりそうな暑さである。

2坪ばかりの家庭菜園に植えた胡瓜やトマトの葉が黄色く枯れてきている。水が足らないのだろうか、熱すぎるのか?この時期に枯れてきてしまうのは初めての経験である。去年までは母がこまめに野菜の面倒を見ていたが、今年は誰も面倒をみていない。亡くなって半年以上も経つのに、毎日のように母を思い出す。

母が亡くなってから、家内が仏壇に手を合せ、般若心経を読むようになった。私も、続いて般若心経を読むことが多くなった。般若心経には若い頃から関心があった。30代前半の頃には、何冊かの本も読んだ。40代から50代にかけても般若心経を勉強したことがある。しかし、それは信心ということではなく、ひとつの知識として学んだだけであった。般若心経の意味は殆ど忘れていた。

父が亡くなったときにはそんなに思わなかったのに、今回は般若心経を覚えてみようと思う。読経できるようになりたいと思う。母と父では、捉え方がこうも違うものである。おそらく私の子供たちも同様であろう。今月には母の初盆を迎える。父の祥月命日も今月である。毎年、母がしていた迎え火と送り火も、これからは私がしなければならない。その際に般若心経が読経できれば供養になるかと思う。母は信心深かった。高野山にも何回もお参りし、四国霊場八十八か所参りも3回ほど成し遂げている。母が亡くなったときは、遺言に従い、八十八寺のご朱印を押した経帷子を母の御棺に入れた。

昔の本を引っ張り出して、あらためて読んでみる。理解できるような気がするが、心底判ったとは言えない。なにかわかったようでわからないのである。まず、心経の中で最も有名な「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」のいちばん判りやすいところが判らない。ひとに説明できない。“色“は何とか判るが“空“が判らない。“空”とは何なのか?判らない。考える前に実践せよという声が聞こえる。意味など考えずに読経をしてみる。難しい、腹から声が出てこない。しかし毎朝毎晩読み込んでいるうちに思う。この心経は我々に生きる術を教えてくれているものであり、逝った者への鎮魂歌ではない。ましてや彼岸への讃美歌でもない。今、この世に生を受けている衆生すべてに生きるとは何かを教えてくれているものであることに気が付く。言い換えれば人生の応援歌のようなものかもしれない。論語読みの論語知らずであった。

汗をぬぐい、息を整え“観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
度一切苦厄 舎利子・・・菩提薩婆訶 般若心経“ 合掌

で、灼熱の夏を乗り切ろうと思う。

平成30年8月1日
静岡県行政書士会
名誉会長 岸本敏和

2017年5月迄掲載していた「会長サロン」の文章も引き続き「バックナンバー」コーナーにて、ご覧いただけます。

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